改訂新版 世界大百科事典 「コウモリ」の意味・わかりやすい解説
コウモリ (蝙蝠)
bat
翼手目Chiropteraに属する哺乳類の総称。カクイドリ,カワホリともいう。飛翔(ひしよう)する唯一の哺乳類で,北極と南極を除く世界の亜寒帯から熱帯まで広く分布する。そのすみか,食物および大きさはきわめて変化に富む。種数は齧歯(げつし)目に次いで多く,2亜目18科約1000種がある。最小種は1974年タイ南部で発見されたブタバナコウモリ科のブタバナコウモリで,翼開張16cm,体長3cm,体重2g以下,最大種はオオコウモリ科のジャワオオコウモリで,翼開張170cm,体長40cm,体重900gに達する。
形態
体は飛翔生活に適応する。すなわち,上腕骨,前腕骨および前肢の2~5指が著しく長く,それらの間に弾力のある開閉自由な飛膜が発達して翼を形成する。また,多くの種では尾と後肢の間にも同様な腿間膜が発達し,その後縁は軟骨状の踵骨(しようこつ)で支えられる。上腕骨と前腕骨はとくに長大であるが,鳥類の骨のように中空で軽い。皮膚がのびてできたこれらの膜は2層からなり,その間に細い筋肉,血管および神経などが分布する。胸骨には翼を動かす胸筋が付着するのに適した竜骨突起が発達し,肩甲骨と鎖骨が大きい。また,一部の類では胸椎,頸椎(けいつい),肋骨などの一部が癒着して,板状になり,がんじょうな胸郭を形成する。胸部に比して腹部は小さい。前肢の第1指と後足の指にはぶらさがるときに用いる鋭いかぎづめがある。後肢は前肢に比して小さいが,外・後方に180度に回転でき,飛翔と地上での運動の両方が可能である。耳介は発達し,小翼手類の多くは耳介の前にサーベルやキノコに似た耳珠(じしゆ)という突起がある。目は大翼手類では大きいが,それ以外では小さい。またキクガシラコウモリやカグラコウモリなどのように鼻孔のまわりに鼻葉をもつものがある。乳頭は胸に1対ある。キクガシラコウモリやカグラコウモリでは別に乳腺を欠く偽乳頭が鼠径(そけい)部に1対ある。陰茎にはふつう陰茎骨があり,子宮は重複,双角または単一,胎盤は円盤状である。大脳半球は小さくて小脳を覆わず,その表面のしわは少ない。歯数は20~38本で変化に富む。
生態
夜行性で,日没ころから活動を開始してほとんど終夜採食し,夜明けとともに寝ぐらに帰る。オオコウモリ類は明るいときに活動することもある。昼は洞窟の壁の割れ目,人家の天井裏や屋根瓦の下,壁の間,樹洞およびタケの割れ目などに入ったり,あるいは洞窟や廃坑の天井,大木の枝などにぶら下がって休息する。ユビナガコウモリのように海食洞に何千もの大群をなすもの,コテングコウモリのように単独または数頭で生活するものなどがある。いずれも鳥やネズミのような巣をつくらないが,シュロの葉をかじって折り,テントのようなおおいをつくってねぐらとするものもある。なお,体温は熱帯のオオコウモリでは他の哺乳類と同様に恒温性であるが,温帯のコウモリでは不完全な恒温性で,休息しているときには,周囲の気温に応じて体温が下がる異温性である。温帯や亜寒帯にすむものの多くは,食物が不足する季節には温暖な地方に渡り,あるいは,洞窟,人家,樹洞などで冬眠をする。
その食物は,他の哺乳類に比して著しく変化に富む。オオコウモリ類は主として果実,シタナガコウモリ類は夜開く花のみつや花粉,ウオクイコウモリは魚類,アラコウモリはネズミなどの小動物,チスイコウモリは哺乳類などの生き血,ヒナコウモリ科などの多くはガ,カ,甲虫などの昆虫類を食べる。これらの虫食性のコウモリは1夜に100匹近い虫を食べる。オオコウモリ類以外のものは飛翔する際,5万~10万Hzの超音波を毎秒数回ないし数十回も断続して声帯から発し,その反響を異常に発達した耳でとらえ,障害物や食物などの位置,獲物の動きや大きさなどを探知する(反響定位)。このため,狭い洞窟や茂った林床の中でも自由に飛翔できる。オオコウモリ類のルーセットコウモリは声のかわりに舌音を発して飛ぶ。ふつう1腹1子,まれに2~4子を年1回初夏に出産する。冬眠するものでは冬眠前の秋に交尾し,ふつう精子は冬の間雌の子宮内に保たれ,翌年の春に受精が行われる(キクガシラコウモリやアブラコウモリなど)。しかし,ユビナガコウモリなどでは,秋に受精し,胚が子宮内で越冬する。冬眠しない種類は春または冬にも交尾する。虫食性のコウモリはカ,カメムシ,ガなどを食べる,益獣であるが,オオコウモリなどは果樹園などを大群で襲い大きな害を与えることがある。寿命は飼育下では小翼手類で13年,大翼手類で17年の記録があるが,自然状態では30年の記録がある。
分類
主として果実食の大翼手亜目と主として虫食性の小翼手亜目に大別される。大翼手亜目Megachiropteraは多くは大型で,尾がないか,あっても腿間膜に包まれない。耳介は筒状で,耳珠がなく,前肢の第2指につめがある。臼歯(きゆうし)は扁平。旧世界の熱帯と亜熱帯に分布し,オオコウモリ科だけが含まれる。小翼手亜目Microchiropteraのものは尾が長く,耳介の前面に耳珠や外縁の基部に迎珠(げいしゆ)と呼ばれる大きな葉状の部分があり,前肢の第2指につめがなく,臼歯には鋭くとがった突起がある。新旧両世界の熱帯から亜寒帯まで分布し,種類が多く,サシオコウモリ上科,キクガシラコウモリ上科,ヘラコウモリ上科,ヒナコウモリ上科の4上科と17科がある。サシオコウモリ上科Emballonuroideaには,尾がきわめて長く耳介が大きなオナガコウモリ科,鼻葉がなく尾が短いサシオコウモリ科,魚食で有名なウオクイコウモリ科,最小のブタバナコウモリ科が含まれる。キクガシラコウモリ上科Rhinolophoideaには左右の耳介が頭頂で連なるミゾコウモリ科,肉食のアラコウモリ科,鼻孔のまわりに鼻葉が発達するキクガシラコウモリ科,カグラコウモリ科が含まれる。ヘラコウモリ上科Phyllostomatoideaには,尾がないか,あるいは尾が腿間膜外に突出し,鼻葉があるヘラコウモリ科,短毛のクチビルコウモリ科(ガマグチコウモリ科)の2科が含まれる。ヒナコウモリ上科Vespertilionoideaには鼻葉がなく耳珠が顕著なアシナガコウモリ科,第1指が痕跡的なツメナシコウモリ科,第1指につめと吸盤があるスイツキコウモリ科,耳珠と耳介が合一するサラモチコウモリ科,耳珠がよく発達するヒナコウモリ科,尾が短く,腿間膜上面の中央付近から上方に突出するツギホコウモリ科,腿間膜が短く尾がその後縁から後方に長く突出するオヒキコウモリ科がある。日本の翼手類は齧歯類よりも種数が多く,オオコウモリ科,キクガシラコウモリ科,カグラコウモリ科,ヒナコウモリ科,オヒキコウモリ科の5科からなり,約38種。
化石
コウモリの中でもっとも古い祖先とされる始新世のイカロニクテリスIcaronycteris(イカロニクテリス科)は,前肢の第1,2指につめがあり,翼が幅広いところは大翼手類に似るが,臼歯は小翼手類同様に鋭い突起をもち,中間的である。すでに飛翔生活をしていた。
執筆者:吉行 瑞子
伝承,民俗
西洋
コウモリはたそがれや月夜など光と闇が拮抗する時間にだけ姿を現すといわれ,しばしば不浄で気味悪い動物とみなされた。ラテン語でvespertilioというのも夕方vesperに由来する。これらは,コウモリが獣と鳥の中間的特徴を備えることからの連想といわれる。バビロニアでは邪霊の化身とされ,そのほか大プリニウスの《博物誌》では卵でなく子を生む唯一の鳥,また《イソップ物語》では状況に応じて鳥にも獣にもみかたするずる賢い生物と述べられている。この俗信は中世に至ってさらに強化される。魔女は通常コウモリに化身して家々を訪れるとされ,中世キリスト教美術ではコウモリの翼をもつ悪魔が盛んに描かれた。これはさらにダンテの《神曲》によって,コウモリの翼をもつ魔王サタンの姿に定着された。錬金術のシンボルとしてはカラスとともに黒(原質)を示し,両性具有の寓意にも用いられた。これを吉兆とする習俗もないわけではなく,降下してくるコウモリにぶつかれば幸運に恵まれるといわれる。しかしドイツやスイスでは女性の髪にこれが触れれば嫁入りできぬときらわれ,髪を切って厄よけをした。夜または闇にかかわりがあるため娼婦や盲目のたとえに使われ,〈鐘楼のコウモリbats in the belfry〉は頭が混乱することを意味する成句になっている。また弾頭のレーダーによって自動的に目標に誘導される爆弾は,これがもつエコロケーション(反響定位)能力との連想から〈コウモリ爆弾bat〉と俗称される。
執筆者:荒俣 宏
中国
中国では〈服翼〉〈仙鼠〉〈夜燕〉の別名がある。晋の葛洪(かつこう)著《抱朴子(ほうぼくし)》仙薬に〈千歳の蝙蝠は色が雪のごとく白く,集まれば逆さにさがる。脳が重いためだ。この物を得て陰干しにし,粉末にしてのめば,四万歳まで長生きできる〉とあるように,古くから長命の動物,霊薬と信じられ,〈夜明砂〉というその糞は視力回復,夜盲症に特効があり,いぶせば蚊やりとなるとか,その肉は媚薬に,毛は難産にきき,その血の目薬は眠気ざましになるとか信じられた。また〈蝠〉が〈福〉と同音なので幸福の表象とされ,吉祥の装飾意匠に好んで使われてきた。正月に門にはった〈門神〉の鍾馗(しようき)像には,鍾馗が剣でコウモリを打ち降ろす図が描かれ,これは〈降蝠〉が〈降福〉(福を降ろす)に通じ,コウモリが銭を抱える図案は,〈福在眼前〉(銭と前は同音)などと縁起をかついだりした。自分の所属を鳥類と獣類に巧みに使い分けて言い抜けるコウモリの二股膏薬(ふたまたごうやく)的性格を風刺した寓話も伝えられている。
執筆者:鈴木 健之
日本
コウモリは飛び回ってカをとるゆえに〈かほふり〉といったのがなまったものといわれる。鳥のように飛び獣の姿でもあるところから,古くからどちらにも属さなかったり形勢によってあちこちに立場を変える者をこの名で呼ぶ。また,その姿から犯罪者の隠語として弁護士あるいは夕刻などをいうこともある。洋傘を〈こうもり〉というのも,広げた形がこの動物に似ているからである。
執筆者:千葉 徳爾 江戸時代にはコウモリがサンショウや酢を好むものとされた。《本朝食鑑》《和漢三才図会》などもサンショウを好むといっており,江戸の子どもたちは夏の夕方,〈こうもりこうもり山椒くりょ,柳の下で酢をのましょ〉と歌ってコウモリを呼んだ。飛んでいるところへサンショウの紙包みを投げるとそれを追って落ちるとか,手足にかみついて離れぬときはそばにサンショウを置けば離れるともいった。これに対して喜多村筠庭は,コウモリの鳴声がサンショウを食べてむせているように聞こえるためだとし,〈紙につつむに山椒にはかぎらず,何にてもおなじ事なり,酢も山椒も彼が好悪によるにあらず〉といっている。
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報