知覧城(読み)ちらんじょう

日本の城がわかる事典 「知覧城」の解説

ちらんじょう【知覧城】

鹿児島県南九州市知覧町永里にあった中世の山城(やまじろ)で、この地に城を構えたのは平安時代末期頃の郡司・知覧忠信といわれている。室町時代、足利尊氏の下文(くだしぶみ)によって島津忠宗の三男・佐多忠光がこの地の領主となった。その後、島津氏の内輪もめに伴い、一時、伊集院頼久(いじゅういんよりひさ)一族配下となったが、1420年(応永27)、島津久豊が伊集院一族からこの城を取り返し、再び佐多氏居城となった。その後、文禄検地等で多少の異動はあったものの、佐多氏は幕末まで知覧領主であったが、11代当主・佐多久達の時に城は原因不明の出火で炎上し、1615年(元和1)の一国一城令発令前に城は実質上廃城となった。JR鹿児島本線鹿児島中央駅から知覧行きバス、中郡下車、徒歩約20分。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

関連語 ひさ

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む