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郡司 ぐんじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

郡司
ぐんじ

令制で国の下部行政区画としてのの政務をとる官人。郡司は大化改新の詔にみえる。『大宝令』の規定によれば郡司には大領,少領,主政,主帳の4等官があったが,これは「評」 (郡にあたるものと考えられる) の場合には評督,督領,助督などの官であったことが知られる。

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デジタル大辞泉の解説

ぐん‐じ【郡司】

律令制で、国司の下でを治めた地方官。大領少領主政主帳四等官からなり、主に国造(くにのみやつこ)などの地方豪族が世襲的に任ぜられた。また、特に長官の大領をいう。こおりのみやつこ。

こおり‐の‐つかさ〔こほり‐〕【司】

ぐんじ(郡司)」に同じ。

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百科事典マイペディアの解説

郡司【ぐんじ】

律令制度の地方官。国司の指揮下に郷長らを率いて郡の行政・裁判を担当。大領・少領・主政・主帳の四等官(しとうかん)で構成。終身の任。子女を兵衛(ひょうえ)・采女(うねめ)として朝廷に送る。
→関連項目安倍頼時大国荘郡家健児道守荘兵衛府

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世界大百科事典 第2版の解説

ぐんじ【郡司】

律令国家の地方行政組織の基礎単位である郡の官人の総称。広義には長官・次官の大領(たいりよう)・少領(しようりよう)と書記にあたる主政(しゆせい)・主帳(しゆちよう)の四等官(正員)を意味する。狭義には大領・少領のみをいい,この場合は郡領(こおりのみやつこ)といった。郡司制度は,孝徳朝に出現し持統朝には全国的に整備されたと思われる評(こおり)の制度を継承した郡制と同様,評督(長官),助督(次官)あるいは評造と呼ばれた評の官制を基礎に,701年(大宝1)の大宝令によって成立した。

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大辞林 第三版の解説

ぐんじ【郡司】

律令制で、国司の下にあって郡を統治した地方官。大領(長官)・少領(次官)・主政・主帳の総称。こおりのつかさ。
特に、大領・少領の称。

ぐんじ【郡司】

姓氏の一。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

郡司
ぐんじ

律令制(りつりょうせい)下において、国司の管轄下にあって郡務を担当した地方官。大宝令(たいほうりょう)制定以前に郡は評(ひょう)と記し、長官を評督(ひょうとく)、次官を助督(じょとく)といい、実務担当者を置く三等官制であった(天武(てんむ)朝以降四等官(しとうかん)制となる)。なお評の官人を評造(こおりのみやつこ)ともいった。大宝令の施行後、評は郡に改め、長官を大領(だいりょう)、次官を少領(郡領と称す)として、主政、主帳を実務担当者とするが、郡の規模により郡司の定員に差がある。郡領の補任(ぶにん)は、性識清廉にして時務に堪える者を、主政、主帳は書算に巧みな者をあてる才用主義を令の原則としたが、おおむね譜第(ふだい)主義により、国造(くにのみやつこ)や県主(あがたぬし)などの伝統的地方豪族の子弟が世襲的に郡領に補任された。その郡領は終身官で、郡領に補任されると、無位であってもただちに従(じゅ)八位上、従八位下を授けられる官位非相当の官である。また郡領には職分田(しきぶんでん)が与えられるが、大領のそれは国守よりも多く、その子弟は優先的に国学に入学できるなど、多くの特権を与えられた。しかし主政、主帳にはこのような特典はない。それに彼らは身分的に郡領と差異が大きく、郡領に昇進するのも容易ではなかった。郡司制は、とくに補任の方法(才用、譜第主義)をめぐって変遷があったが、9世紀初頭に譜第主義に定着した。そのころから正任郡司のほかに、権任(ごんにん)、員外、擬任(ぎにん)の郡司が置かれ、一郡に複数の擬任郡司が置かれたが、10世紀に入ると国司代、国目代(もくだい)がそれにかわり、それらが11世紀以降の在庁官人へと発展したのである。そのころに郡司も一郡一員制になった。[米田雄介]
『米田雄介著『郡司の研究』(1976・法政大学出版局)』

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世界大百科事典内の郡司の言及

【郡】より

…評も郡もともに〈こおり〉と読まれたらしいが,郡は評を継承しつつ701年(大宝1)の大宝令の制定とともに始まり,〈改新之詔〉はそれにもとづいて作文されたものと考えられている。令の規定では,50戸よりなる1里(のち郷と改称)で20里以下16里以上を大郡,12里以上を上郡,8里以上を中郡,4里以上を下郡,2里以上を小郡とし,各郡ごとに郡家(ぐうけ)とよばれる役所を置き,郡司(大領・少領・主政・主帳の四等官)が政務をとった。713年(和銅6)5月,《風土記》の撰進が命ぜられたのと同時に郡郷の名には好字が使われるようになった。…

【郡代】より


[中世]
 守護,戦国大名の支配の下で,郡を単位として地域的支配を行う郡代官。郡使,郡司などとも呼ばれる。守護,戦国大名の領国支配機構は守護代の下に郡単位に郡代を置いている場合がある。…

【郷司】より

… 第1は,1005年(寛弘2)の筑前国糟屋西郷司,14年(長和3)の筑前国嘉麻南郷司のように,郡を東西あるいは南北に分割したものをたまたま郷と称したために,その官人を郷司と呼んでいるケースである。このような郷司がもっとも早くみられるが,郡が方位によって分割され,小規模化しているだけで,かかる郷司の職務は郡司となんら変わるところはない。第2はもともと郷長がおかれていた郷(古代以来の郷で,《和名抄》郷ともいう)に郷司が出現するケースである。…

【在庁官人】より

…こうした中で受領の官物請負化が助長され,国務運営のため受領は一族・郎等などを国務に参画させる傾向が生じ,在来の任用国司は在庁へ転化する事態が現出した。一方では,かかる国司制の変化が郡司制の変化を招き,国衙権力による郡司の包摂化が促進される。郡司の在庁化といわれる現象がこれである。…

【長上】より

…長上には,中央諸官庁や大宰府・諸国司などの四等官(しとうかん),また刑部省の大・中・少判事などのように,四等官に準ずる位置づけをもつ品官(ほんかん),および特殊な才能などによって,関係官庁に長上勤務を命ぜられた別勅・伎術長上があった。また地方の郡司四等官や軍団の下級指揮者である大・少毅(き)(軍毅)も長上であったが,ともに外長上(げちようじよう)とよばれ,この外長上と対比するとき,前者のグループは内長上とよばれた。【野村 忠夫】。…

【東国】より

…また収取単位としての名の発達が著しく,荘園・公領内部にも百姓名が成立している。さらに東国の荘園・公領は下司(げし)・郡司の下に郷があるという単純な構成であるのに対し,西国では領家職(りようけしき)・預所職(あずかりどころしき),下司職,公文職(くもんしき)などが重層する,いわゆる〈職(しき)の体系〉を顕著に発達させているのである。 これは直接的には,それぞれの単位を請け負い,管理している郡司,郷司,名主(みようしゆ)などの領主のあり方の差異の現れとみることができるが,より根底的にはそれを支える社会の構造の違いがこの差異を生み出したものと思われる。…

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