石坂宗哲(読み)いしざか そうてつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石坂宗哲」の解説

石坂宗哲 いしざか-そうてつ

1770-1842* 江戸時代後期の鍼(はり)医。
明和7年生まれ。甲斐(かい)甲府の人。幕府の奥医師となり,寛政9年(1797)甲府医学所を設立する。蘭学もおさめ,シーボルトに鍼治療をおしえて著書「知要一言」をおくる。晩年法眼となった。天保(てんぽう)12年11月20日死去。72歳。名は永教。字(あざな)は廷玉,文和(ぶんな)。号は竿斎。著作に「内景備覧」など。

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367日誕生日大事典 「石坂宗哲」の解説

石坂宗哲 (いしざかそうてつ)

生年月日:1841年4月22日
江戸時代後期の鍼術家
1907年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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