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石坂宗哲 いしざか そうてつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石坂宗哲 いしざか-そうてつ

1770-1842* 江戸時代後期の鍼(はり)医。
明和7年生まれ。甲斐(かい)甲府の人。幕府の奥医師となり,寛政9年(1797)甲府医学所を設立する。蘭学もおさめ,シーボルトに鍼治療をおしえて著書「知要一言」をおくる。晩年法眼となった。天保(てんぽう)12年11月20日死去。72歳。名は永教。字(あざな)は廷玉,文和(ぶんな)。号は竿斎。著作に「内景備覧」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石坂宗哲

没年:天保12.11.20(1842.1.1)
生年:明和7(1770)
江戸後期の鍼術家。名は永教,号は竿斎。甲府の人。寛政年間(1789~1801)に江戸幕府に召し出されて奥医師となる。オランダ医学が浸透してきた時代,その影響を大いに受けた。特に解剖学を学び,その立場から東洋医学の経穴(ツボ),経絡を論じようとした。侍医法眼になったとき,来日したシーボルトが鍼に興味を持ち,長崎から文通して宗哲に教えをこい,宗哲は自著と自分の使っている鍼一式を贈り(オランダライデンの民族博物館蔵),実技を披露した。著書に『内景備覧』『骨経』『針灸説約』があり,養子宗圭の書いた『鍼灸茗話』がその治療方法を伝えている。

(高島文一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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