石嶺村(読み)いしんみむら

日本歴史地名大系 「石嶺村」の解説

石嶺村
いしんみむら

[現在地名]那覇市首里石嶺町しゆりいしみねちよう一―四丁目

西原にしばる間切の西部丘陵に位置し、西は平良てーら村、西から南は首里。東に耕地が展開する。乾隆二年帳によると検地帳に「きふ村」とみえるという。乾隆二年帳と「琉球国由来記」に石嶺村、「琉球国旧記」に儀保じーぶ村とある。村には脇地頭が置かれ、地頭職伊志嶺親方(家禄四〇石・物成一三石余)の領地作得は一四石余(琉球藩雑記)。「琉球国由来記」に祭祀場として儀保じーぶ之殿(首里汀志良次村に所在)、「里中之殿」(首里下儀保村に所在)が記載されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む