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石川善右衛門 いしかわ ぜんえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石川善右衛門 いしかわ-ぜんえもん

1607-1670* 江戸時代前期の武士,治水家。
慶長12年生まれ。備前岡山藩士。寛永19年児島郡奉行となる。承応(じょうおう)3年の水害からの復旧に尽力し,10年にわたって300余の溜め池をつくり,治水と灌漑(かんがい)に功績をあげた。寛文5年普請奉行。寛文9年12月1日死去。63歳。名は成一(なりかず)。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石川善右衛門

没年:寛文9.12.1(1670.1.22)
生年:慶長12(1607)
江戸前期の水利土木家。備前国岡山藩士。名は成一。善右衛門は通称。寛永8(1631)年父八兵衛死後その跡を継ぎ代官となり,同19年郡奉行となった。承応3(1654)年7月備前各地に大水害が発生,藩主池田光政の命を受け被害が激しかった児島郡の救済に当たった。各地を視察し,旱水害の地児島郡に福林池,森池をはじめ,郡内各地に300余の池を造成し,旱害の憂いを除いた。寛文5(1665)年に父から継いだ150石に加えて100石を加増され,普請奉行となる。後年の文化3(1806)年郡民によって瑜伽山に頌徳の記念碑が建てられた。<参考文献>『吉備温故秘録』『岡山県児島郡誌』

(神立春樹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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