日本大百科全書(ニッポニカ) 「グリンメルスハウゼン」の意味・わかりやすい解説
グリンメルスハウゼン
ぐりんめるすはうぜん
Hans Jakob Christoffel von Grimmelshausen
(1622?―1676)
ドイツの小説家。ドイツ・バロックの小説のなかで唯一現在でも愛読されている『阿呆(あほう)物語』(1669)の作者であるが、若いころのことはよくわかっていない。後年は南ドイツの小村レンヒェンで過ごし、一時その村長を務めた。全部で約20編の著作がある。『阿呆物語』は三十年戦争を背景として、主人公が幼少のころから混乱の世の中へ投げ出され、数奇な運命にもてあそばれながら、悲惨と滑稽(こっけい)が同居する人生の諸領域をさまよい、ついには世の無常を悟り、隠者となって神との和合のなかに魂の平安をみいだす過程を描いている。しかし、一人間の体験記、成長記のたぐいではなく、有為転変の生の実相を多角的に教示するのが主眼である。ドイツにおけるピカロ小説の代表であるが、内容、構成、叙述方法ともに洗練されており、本格的長編小説の到来を告げるものである。グリンメルスハウゼンは民衆的作家で、当時主流であった宮廷文人とは異なるが、主として独学により驚異的学識を身につけており、その作品には娯楽性と同時に、深い思想性、宗教性がある。それが彼を不滅の詩人たらしめている理由であろう。
[義則孝夫]
『望月市恵訳『阿呆物語』(岩波文庫)』