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石村石楯 いわれの いわたて

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

石村石楯 いわれの-いわたて

?-? 奈良時代の官吏。
天平宝字(てんぴょうほうじ)8年(764)藤原仲麻呂(なかまろ)の乱のさい仲麻呂を近江(おうみ)(滋賀県)で殺し,その功で従五位下。坂上忌寸(さかのうえのいみき)の氏姓をあたえられた。のち出羽介,中衛将監。妻子が石楯の菩提をとむらうために書写した大般若波羅蜜多経の一部が唐招提寺にのこされている。氏は「いわむら」ともよむ。

石村石楯 いわむらの-いわたて

いわれの-いわたて

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(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

石村石楯

生年:生没年不詳
奈良時代の武人官僚。天平宝字8年9月18日(764.10.17)近江国勝野浜(滋賀県高島町)で藤原仲麻呂を捕らえその首級をあげた。その功により大初位下から従五位下勲4等外衛将監となり,さらに一族と共に坂上忌寸の氏姓を賜ったが,平城京左京の人で三河国碧海郡(碧南市付近)の出身らしい(『続日本紀天平神護1年4月26日条)。その後,出羽介,中衛将監となった。その妻紀多継と息子氏成,娘秋穂の3人は宝亀10(779)年閏5月,石楯の菩提を弔うため『大般若波羅蜜多経』1部600巻を書写した。その中の1巻(巻176)が奈良市の唐招提寺に現存する。

(岩本次郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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