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唐招提寺 とうしょうだいじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

唐招提寺
とうしょうだいじ

奈良市五条町にある律宗の総本山天平宝字3 (759) 年唐僧鑑真の開基。日本最初の戒律専門の寺院として造営された。平安時代に寺勢が衰えたが,鎌倉時代に貞慶,覚真,覚盛らの名僧が輩出して再興。

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デジタル大辞泉の解説

とうしょうだい‐じ〔タウセウダイ‐〕【唐招提寺】

奈良市にある律宗の総本山。開創は天平宝字3年(759)、鑑真(がんじん)の開山で、ここに戒壇を設け律宗の根本道場とした。金堂、平城宮の朝集殿を移築した講堂、経蔵・宝蔵などは奈良時代の建物で国宝。薬師如来像・鑑真和上(わじょう)坐像(国宝)のほか多数の文化財を所蔵。平成10年(1998)「古都奈良の文化財」の一つとして世界遺産文化遺産)に登録された。招提寺。

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百科事典マイペディアの解説

唐招提寺【とうしょうだいじ】

奈良市五条町にある律宗総本山。招提寺とも。南都七大寺の一つ。聖武天皇の勅命で759年唐僧鑑真が創建,以後東大寺戒壇院に対し律研究の道場として重視された。金堂は創建当初の遺構,講堂は創建の際に平城宮の東朝集殿を移建改築したもので,いずれも天平期の様式を代表する。
→関連項目校倉鑑真和尚東征伝講堂古都奈良の文化財金堂鴟尾舎利塔摺仏千手観音天平時代西ノ京

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デジタル大辞泉プラスの解説

唐招提寺

奈良県奈良市にある寺院。創建は759年。律宗総本山、本尊は蘆舎那仏。国宝の金堂など多くの文化財を保有。「古都奈良の文化財」の一部としてユネスコ世界文化遺産に登録。

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世界大百科事典 第2版の解説

とうしょうだいじ【唐招提寺】

奈良市五条町にある律宗の総本山。古くは唐律招提寺ともいわれ,単に招提寺ともいう。唐僧鑑真の開基にかかり,今日,金堂,講堂,鐘楼,鼓楼,東室,経蔵,宝蔵,閼伽井(あかい)(醍醐井)などの伽藍が白砂青松の中に規矩整然とのこり,奈良時代寺院の面影を今に伝える唯一の寺である。12年の歳月と6回目の渡航によって伝戒の初志を貫徹しようとした鑑真とその随伴の諸僧は,東大寺唐禅院に留住していたが,758年(天平宝字2)僧綱の任より解放された鑑真は,平城右京5条2坊にあった新田部親王の旧宅の地を拝領し,757年に賜った備前国の水田100町を財源として当寺を創建した。

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大辞林 第三版の解説

とうしょうだいじ【唐招提寺】

奈良市五条町にある律宗の総本山。759年唐僧鑑真がんじんが創建。金堂をはじめ主要伽藍が整備されたのは彼の死後といわれる。金堂の盧遮那仏るしやなぶつおよび諸像は天平仏の名品。また、講堂は平城宮の朝集殿を移したもの。招提寺。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

唐招提寺
とうしょうだいじ

奈良市五条町にある律宗総本山。本尊は盧舎那仏(るしゃなぶつ)。756年(天平勝宝8)、聖武(しょうむ)・孝謙(こうけん)両上皇の勅願により来朝した唐僧過海(かかい)大師鑑真和上(がんじんわじょう)が新田部(にいたべ)親王の旧宅を譲り受けて建立した寺で、戒壇(かいだん)を設け律宗の根本道場とした。初めは唐律招提寺(とうりつしょうだいじ)、唐寺(とうじ)、律寺などと称され、延喜(えんぎ)式十五大寺、南都七大寺の一つに数えられた。759年(天平宝字3)「唐招提寺」の勅額が下賜されたが、その勅文には、「招提是諸寺本寺十方僧依所、日域七衆根本寺、故號唐招提寺」とあり、四方僧坊の義をとり、諸寺の根本とした。以後、天皇・皇后以下百官も皆ここで受戒し、帰依(きえ)も厚かった。『大般若経(だいはんにゃきょう)』『金光明(こんこうみょう)経』を読ませ、鎮護国家金光明建初律唐招提寺と号したこともあった。王朝とともに隆盛を極めていた唐招提寺はやがて勢力を失い、平安末期には興福寺(法相(ほっそう)宗)の末寺となった。その後、嘉禎(かてい)年間(1235~38)覚盛上人(かくじょうしょうにん)が中興第1世となって戒律を復興し寺域を整えたが、ふたたび戦国の兵乱、地震による倒壊などで衰えた。江戸時代に徳川5代将軍綱吉(つなよし)、その生母桂昌院(けいしょういん)らの帰依により大規模な修理がなされた。1900年(明治33)独立して律宗総本山となる。[里道徳雄]

文化財

金堂、講堂、経蔵・宝蔵は奈良時代、鼓楼(ころう)は鎌倉時代の建物で、おのおのたびたび修補を経ているが、創建当初の姿をよく伝え、国宝に指定されている。金堂は鑑真の弟子如宝(にょほう)の建立と伝える。正面7間、側面4間の単層寄棟(よせむね)造で、前面の1間は吹流しの形式をとり、太いエンタシスの柱が屋根を支える。大棟(おおむね)東西端の鴟尾(しび)のうち西側のものは創建当初のもの。堂内には本尊盧舎那仏像をはじめ、薬師如来(にょらい)、千手観音(せんじゅかんのん)、梵天(ぼんてん)・帝釈天(たいしゃくてん)、四天王の立像(いずれも奈良時代、国宝)を安置している。講堂は平城京の東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)を移築したものといい、天平(てんぴょう)の宮殿建築の唯一の遺構。もと開山堂にあった鑑真和上坐像(ざぞう)(奈良時代、国宝)は、1964年(昭和39)移建された旧一乗院宸殿(しんでん)(国重要文化財)の御影堂(みえいどう)に安置されている。像は脱乾漆造で、法隆寺夢殿の行信僧都(ぎょうしんそうず)の像とともにわが国肖像彫刻中の最高傑作、最古の遺品として名高い。そのほか、木造大悲菩薩(だいひぼさつ)像(覚盛上人像)、紙本着色東征(とうせい)絵巻5巻、絹本着色大威徳明王(だいいとくみょうおう)像、絹本着色十六羅漢(らかん)像(以上、重文)、鑑真が唐より将来した舎利を納める舎利容器1具(国宝)など多くの文化財を蔵している。また境内の西に石造3段の戒壇がある。もと覆堂があったが、嘉永(かえい)年間(1848~54)に焼失、現在は戒壇上に1980年(昭和55)建造の宝塔が建つ。唐招提寺は1998年(平成10)、世界遺産の文化遺産として登録された(世界文化遺産。奈良の文化財は東大寺など8社寺等が一括登録されている)。
 なお、5月19日に鼓楼で行われる「うちわまき」はよく知られている。[里道徳雄]
『安藤更生著「唐招提寺」(『美術文化シリーズ 74』1963・中央公論美術出版) ▽徳田明本著『唐招提寺』(1973・学生社) ▽『古寺巡礼 奈良 9 唐招提寺』(1979・淡交社) ▽浅井和春著「唐招提寺」(『名宝日本の美術 7』1980・小学館)』

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世界大百科事典内の唐招提寺の言及

【寺院建築】より

…東大寺内も別院が多く,羂索院法華堂(三月堂)は双堂(ならびどう)形で建てられ,鎌倉中期に礼堂を再建して1棟とした西大寺は2棟の華麗な金堂をもち,多数の院ごとに仏堂と僧房を有した。唐から律を伝えた鑑真の唐招提寺は私寺ながら4町の寺地を有し,当時の金堂,講堂を存している。また聖徳太子をまつる法隆寺東院が発願され,中心に八角円堂の夢殿を置いて塔廟を表現した。…

【奈良時代美術】より

…この時期に則天武后から玄宗の最初期ころに至る唐の新様式がもたらされたと思われる。(2)盛期 第8次で渡唐した玄昉,吉備真備らの留学生が帰朝する735年(天平7)より,鑑真が唐招提寺を創立する前年の758年(天平宝字2)まで。玄昉によって初めて,玄奘の新訳による経典を含む一切経が請来された。…

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