20世紀日本人名事典 「石橋和訓」の解説 石橋 和訓イシバシ カズヨシ 明治・大正期の洋画家 生年明治9年6月6日(1876年) 没年昭和3(1928)年5月3日 出生地島根県飯石郡友辺村(現・佐田町) 別名号=耕雲 学歴〔年〕ロイヤル・アカデミー〔明治40年〕卒 経歴初め滝和亭に日本画を学ぶが、のち洋画に転じる。明治36年渡英し、ロイヤル・アカデミーに学ぶ。40年ロイヤル・ポートレート・ソサエティの会員となり肖像画家としてイギリスでもその名を知られた。大正7年帰国。この間明治41年「ものおもひ」が文展3等賞を受ける。大正10〜13年再び渡英。帰国後は帝展にも出品し、帝展審査委員を務めた。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「石橋和訓」の解説 石橋和訓 いしばし-かずよし 1876-1928 明治-大正時代の洋画家。明治9年6月6日生まれ。はじめ日本画を滝和亭(かてい)にまなぶ。明治36年渡英し,ロイヤル-アカデミーを卒業,ロイヤル-ポートレート-ソサエティーの会員となる。肖像画で名をあげ,大正7年帰国した。明治41年の第2回文展から出品し,のち帝展審査員となった。昭和3年5月3日死去。53歳。島根県出身。号は耕雲,中雅。代表作に「ものおもい」「美人読詩」。 石橋和訓 いしばし-わくん ⇒いしばし-かずよし 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「石橋和訓」の解説 石橋 和訓 (いしばし わくん) 生年月日:1876年6月6日明治時代;大正時代の洋画家1928年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by