石津川(読み)いしづがわ

日本歴史地名大系 「石津川」の解説

石津川
いしづがわ

堺市の南端部、河内長野市との境近くの泉北丘陵を源とし北流、陶器とうき川・和田わだ川・百済くだら(百舌鳥川)を合流、神石市之かみいしいちの町・石津町辺りで流路を西に変え、そのまま西流し堺泉北港湾内に注ぐ。指定流路延長一三キロ。かつて益鏡ますかがみ小河と称された。「泉州志」は「大鳥社流記云」として「難波長柄豊前朝廷為陵所御覧幸石津原、従御輦件小河落入御鏡也、仍為名」と記し陵所検分のため石津原に行幸した孝徳天皇が、乗物から鏡を落したのにちなむとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む