石津川(読み)いしづがわ

日本歴史地名大系 「石津川」の解説

石津川
いしづがわ

堺市の南端部、河内長野市との境近くの泉北丘陵を源とし北流、陶器とうき川・和田わだ川・百済くだら(百舌鳥川)を合流、神石市之かみいしいちの町・石津町辺りで流路を西に変え、そのまま西流し堺泉北港湾内に注ぐ。指定流路延長一三キロ。かつて益鏡ますかがみ小河と称された。「泉州志」は「大鳥社流記云」として「難波長柄豊前朝廷為陵所御覧幸石津原、従御輦件小河落入御鏡也、仍為名」と記し陵所検分のため石津原に行幸した孝徳天皇が、乗物から鏡を落したのにちなむとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む