石田 和外
イシダ カズト
昭和期の裁判官 最高裁長官。
- 生年
- 明治36(1903)年5月20日
- 没年
- 昭和54(1979)年5月9日
- 出生地
- 福井県福井市
- 学歴〔年〕
- 東京帝大法学部政治学科〔昭和2年〕卒
- 経歴
- 昭和3年東京地裁予備判事となり、福島、長野、東京の各地裁で刑事裁判を担当。この間、9年帝人事件の陪席主任、平沼首相襲撃事件の裁判長を務めた。戦後22年司法大臣官房人事課長となり、最高裁人事局長、事務局事務次長を経て、31年東京地裁所長、35年最高裁事務総長、37年東京高裁長官、38年最高裁判事、44年最高裁長官を歴任して、48年5月退官。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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石田和外 いしだ-かずと
1903-1979 昭和時代の裁判官。
明治36年5月20日生まれ。昭和2年司法官となり,戦後,東京高裁長官などをへて,44年最高裁長官。保守的と評され,裁判官の思想の自由,裁判の独立をめぐって論議をまねいた。退官後,全日本剣道連盟会長,元号法制化国民会議議長。昭和54年5月9日死去。75歳。福井県出身。東京帝大卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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石田 和外 (いしだ かずと)
生年月日:1903年5月20日
昭和時代の裁判官。最高裁判所長官
1979年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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