石田坂番所跡(読み)いしだざかばんしよあと

日本歴史地名大系 「石田坂番所跡」の解説

石田坂番所跡
いしだざかばんしよあと

[現在地名]秋田市豊岩石田坂

雄物川は石田坂以南で大きく東に湾曲、蛇行していたため、万治三年(一六六〇)から掘替工事が行われ、延宝三年(一六七五)新川が完成、小山おやま豊巻とよまき・石田坂と直流した。正保二年(一六四五)豊巻に設置された番所は、雄物川改修後石田坂村に移され、川舟の船荷を改め、役銀を徴収した。天明八年(一七八八)の「被仰渡」(秋田藩町触集)で、仙北せんぼく地方からの川下荷船に対し、石田坂番所・同出入役所で吟味通行させるようにと命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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