石飛村(読み)いしとびむら

日本歴史地名大系 「石飛村」の解説

石飛村
いしとびむら

[現在地名]藤岡町石飛

飯野いいの川の中流域にあり、飯野村はざま村とともに現町域の中央部に位置する。現小原おばら村から木瀬きせ・石飛・上渡合かみどあい折平おりだいらを通って瀬戸(現瀬戸市)に抜ける外越とごし道が通る。石飛砦跡はお須原すはら山とその東の御岳おんたけ山を併せた山稜の頂部にあり、削平地に空堀・土塁が残り、洲原すはら神社が建つ。

寛永一二年(一六三五)時には足助あすけ(現東加茂郡足助町)の成瀬氏上知領で、元禄一四年(一七〇一)には幕府領、明治元年(一八六八)には豊橋藩に属する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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