砂子又村(読み)すなごまたむら

日本歴史地名大系 「砂子又村」の解説

砂子又村
すなごまたむら

[現在地名]東通村砂子又

下北丘陵の北に位置し、田名部たなぶ川の支流おお川に沿う。南東小田野沢おだのさわ村、北東は猿ヶ森さるがもり村、北は蒲野沢がまのさわ村、西は横流よこながれ峠を隔てて田屋たや村と接する。集落北東の丘陵端に砂子又高すなごまたたか館跡があり、土師器片を出土し、一重の空堀跡が残る。康正年間(一四五五―五七)の蠣崎の乱の頃は「砂子東村・西村」と称したというが(東北太平記)委細をつまびらかにしない。

正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に砂子又村九一石余とあり、同年の郷村帳によれば九一・八八三石のうち七六・六七一石が田であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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