砂子又村(読み)すなごまたむら

日本歴史地名大系 「砂子又村」の解説

砂子又村
すなごまたむら

[現在地名]東通村砂子又

下北丘陵の北に位置し、田名部(たなぶ)川の支流大(おお)川に沿う。南東は小田野沢(おだのさわ)村、北東は猿ヶ森(さるがもり)村、北は蒲野沢(がまのさわ)村、西は横流(よこながれ)峠を隔てて田屋(たや)村と接する。集落北東の丘陵端に砂子又高(すなごまたたか)館跡があり、土師器片を出土し、一重の空堀跡が残る。康正年間(一四五五―五七)の蠣崎の乱の頃は「砂子東村・西村」と称したというが(東北太平記)、委細をつまびらかにしない。

正保四年(一六四七)の南部領内総絵図に砂子又村九一石余とあり、同年の郷村帳によれば九一・八八三石のうち七六・六七一石が田であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む