磐井砦跡(読み)いわいとりであと

日本歴史地名大系 「磐井砦跡」の解説

磐井砦跡
いわいとりであと

[現在地名]武雄市朝日町中野

中野なかの村の南にある独立の小丘陵。

六世紀に九州に君臨した筑紫の君磐井が新羅と結んで大和朝廷反乱を起こした時、この丘に砦を築き、朝廷軍と戦ったとの伝承がある。

室町時代の中頃には塚崎後藤氏の分家中野後藤氏がこの丘に砦館を築いて武雄領の北東の守りとした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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