礼受村(読み)れうけむら

日本歴史地名大系 「礼受村」の解説

礼受村
れうけむら

[現在地名]留萌市礼受村・礼受町・浜中町はまなかちよう沖見町おきみちよう平和台へいわだい

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治三五年(一九〇二)まで存続した村。「北行日記」に「アツフシラリ」の東は留萌郡で、「此辺ヲレウケ村ト云フ」とある(明治三年八月二二日条)。明治六年に礼受村とみえ、戸口は一〇戸(平民三・アイヌ七)、四四人(平民一四・アイヌ三〇)寄留は二二戸(平民)、男三七人・女一五人(天塩国地誌提要)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む