祝田村(読み)ほうだむら

日本歴史地名大系 「祝田村」の解説

祝田村
ほうだむら

[現在地名]細江町中川なかがわ

西流する都田みやこだ川の下流域に位置し、東は瀬戸せと村。田園部を川辺かわなり、丘陵部を山手やまてという。中世の祝田御厨・祝田郷の遺称地。「遠江国風土記伝」に祝田村の「旧名は神田、又八都射幾やつざきと云ひ、又八田はたと云ふ」とある。八田は当地の蜂前はちさき神社の別名羽鳥はとり大明神の羽鳥(ハトリは機織が本義とみられる)に通じるという。正保郷帳に村名がみえ、田方七六五石余・畑方一三〇石余、旗本井伊谷近藤領、ほかに大藤だいとう(現廃寺)領四石余、大明神領(現蜂前神社)五石とその神主屋敷四斗余、光西院・慶雲院(ともに現廃寺)善明ぜんみよう(現臨済宗方広寺派善明寺)の各寺領一石余がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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