神代郷内中尾村(読み)かじろごうないなかおむら

日本歴史地名大系 「神代郷内中尾村」の解説

神代郷内中尾村
かじろごうないなかおむら

[現在地名]豊野町大字豊野

鎌倉時代、太田おおた庄神代郷内の田畑と在家をもつ一集落であり、現豊野町大字豊野の旧中尾村地籍内とみられる。

永仁六年(一二九八)九月の鎌倉幕府下知状(島津家文書)によって島津久長の勝訴に帰したとみえる中尾村の領知権をめぐる紛争は、神代郷が文永四年(一二六七)久長の祖父忠時(忠義)の妻西忍に一期を限り譲られたものであった(島津家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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