神園村(読み)こうぞのむら

日本歴史地名大系 「神園村」の解説

神園村
こうぞのむら

[現在地名]中央町中郡なかごおり 神園・かこい

東に萱野かやの村、西に馬場ばば村、北に池田いけだ村、南に原田はらだ村があり、古くは甲園・高園とも表記した。北部は平坦だが、南は瀬戸せと山などがある。縦横に交通路が走る。慶長国絵図に村名がみえ、正保郷帳によると高五三六石七斗余、うち田方二八五石八斗余・畠方二五〇石九斗余とあるが、これは高木たかぎ・池田の両村を含んでいた。中山手永に属し、「国誌」には「(ママ)村楠原村下原村等ノ小村アリ」とあり、拵は囲とも記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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