神塚古墳(読み)こうづかこふん

日本歴史地名大系 「神塚古墳」の解説

神塚古墳
こうづかこふん

[現在地名]新庄町大字南藤井

南藤井みなみふじいの上池の南側、小字火振ひぶやまにある。古くからコウ塚(神塚もしくは小塚)とよばれていたが、その大部分はすでに畑地となり、墳丘全域にわたってかなり削平されており、古墳と確かめられるようになったのは最近のことである。北北西に前方部を向ける全長約九〇メートル、後円部径約五〇メートル、前方部幅約四〇メートルと推定され、谷を一つ隔てた所に位置する屋敷山やしきやま古墳に次ぐ規模の、中期前方後円墳ではなかったかと注目されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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