神増村(読み)かんぞむら

日本歴史地名大系 「神増村」の解説

神増村
かんぞむら

[現在地名]豊岡村神増

天竜川下流左岸に位置し北は上神増村。中世は神蔵(かんぞう)とよばれた。国立史料館本元禄郷帳では幕府領、享保郷村高帳では幕府領掛川藩預地。元文(一七三六―四一)頃幕府直轄領に復帰し、延享三年(一七四六)に掛川藩預地となり、文政一二年(一八二九)幕府領、幕末には掛川藩領となる(村松家文書)。元禄郷帳では高一八九石余と、同村出作場(現磐田市)二七石余、もっとも元禄一三年(一七〇〇)の年貢仮免定(村松家文書)によれば当年は高一七一石余に同所新田一七石余のところ、皆川成のため取箇なしとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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