神子畑村(読み)みこばたむら

日本歴史地名大系 「神子畑村」の解説

神子畑村
みこばたむら

[現在地名]朝来町佐嚢(さのう)

平野(ひらの)村の西に位置し、神子畑川最上流域の山間を占める。西は笠杉(かさすぎ)峠(現在はトンネルとなっている)を境として播磨国宍粟郡黒原(くろはら)村(現一宮町)、また北西の山嶺を越えると養父(やぶ)郡和田(わだ)村(現大屋町)に至った。寛永一六年(一六三九)の知高帳に村名がみえ、高七六石余、宝暦七年(一七五七)の但馬国高一紙では高七八石余。地内の神子畑鉱山(銀山)は生野(いくの)銀山(現生野町)より古い鉱山とされるが確証はない。「朝来志」が引く但馬国金銀銅記によれば銀山の発見は延徳三年(一四九一)で、盛期の間は「大分人多ク入込ミ、繁昌シテ寺社ナド多」くあったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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