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神山郡廉 こうやま くにきよ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

神山郡廉 こうやま-くにきよ

1829-1909 幕末-明治時代の武士,官僚。
文政12年1月生まれ。土佐高知藩士。大目付などをつとめ,慶応3年(1867)後藤象二郎(しょうじろう)が山内豊信(とよしげ)(容堂)に提出した大政奉還建白書に名をつらねた。維新後は和歌山県令,元老院議官などを歴任。明治23年貴族院議員。明治42年8月20日死去。81歳。通称は佐(左)多衛。姓は「かみやま」,名は「くにかど」ともよむ。

神山郡廉 かみやま-くにかど

こうやま-くにきよ

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

神山郡廉

没年:明治42.8.20(1909)
生年:文政12.1(1829)
幕末の土佐(高知)藩士,明治期の官僚,政治家。高知城下中島町生まれ。通称左多衛。文武に優れ,文久年(1861~64)中参政吉田東洋に抜擢され郡奉行,大目付を歴任。慶応2(1866)年,幕府の征長催促を拒絶する役目を果たした。3年10月,山内容堂(豊信)の大政奉還建白に後藤象二郎,福岡孝弟,寺村左膳らと連署した。維新政府の参与に任じられてより行政官弁事,議政官上局参与,刑法官副知事を歴任,廃藩置県後は長浜(滋賀)県,島根県の権令,和歌山県令を経て元老院議官,高等法院陪席判事を務め,20年男爵。23年貴族院議員に勅選され没年に至った。

(福地惇)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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