神田永井町(読み)かんだながいちよう

日本歴史地名大系 「神田永井町」の解説

神田永井町
かんだながいちよう

[現在地名]千代田区神田富山町かんだとみやまちよう

神田岸かんだきし町の西と北に位置する町。東中之ひがしなかの橋から北に向かう道筋に沿った片側町と、神田岸町の北に数ヵ所に分れて町地がある。当地は江戸時代前期以来の武家地で、寛文新板江戸絵図によると、石川氏の拝領屋敷。宝永年間(一七〇四―一一)は松平造酒之丞の拝領屋敷(沿革図書)。正徳三年(一七一三)芝永井しばながい(現港区)の一部が増上寺の火除地となったため、当地に代地を与えられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む