禎子内親王陵(読み)ていしないしんのうりよう

日本歴史地名大系 「禎子内親王陵」の解説

禎子内親王陵
ていしないしんのうりよう

陽明門院陵(ようめいもんいんりよう)・円乗寺東陵(えんじようじひがしりよう)ともいう。禎子内親王は三条天皇の皇女で、後朱雀天皇の皇后。天皇死去の後出家し、延久元年(一〇六九)院号宣下。寛治八年(一〇九四)正月死去。「中右記」同年二月五日条に「今夜陽明門院有御葬送事、山作所鳥部野也(中略)女院御葬礼前火役散位季仲、御骨置仁和寺山陵、後朱雀院御骨傍、家導朝臣繋奉奉之」とあり、後朱雀天皇陵の東側の現在地に安置された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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