福山新田(読み)ふくやましんでん

日本歴史地名大系 「福山新田」の解説

福山新田
ふくやましんでん

[現在地名]守門村福山新田

三本さんぼんぶな(六〇五・八メートル)の南東麓にある。集落はこの山より発する熊取くまとり沢と鍛治場沢かじばさわ川の小流が合流して福山川となる三角地帯に散開する。熊取沢の上流熊取沢くまとりさわの集落がある。東の長取ながとり新田・西名にしみよう村から城山じようやま越で種苧原たなすはら(現古志郡山古志村)への道が通じる。寛永二〇年(一六四三)の開発と伝える。天和三年郷帳では高三一石四斗余。同年(一六八三)の検地帳写(守門村史)では田畑三町八反余、名請人は六人。寛文六年(一六六六)の魚沼郡大白川・高倉・福山新田口留番所取締条目(宮均氏蔵)によると、当村に口留番所があり、堀之内組大肝煎の宮氏の手形をもって女・馬などの通行が認められている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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