福正原村(読み)ふくしようはらむら

日本歴史地名大系 「福正原村」の解説

福正原村
ふくしようはらむら

[現在地名]八代市福正ふくしよう町・福正元ふくしようもと町・十条じゆうじよう町・萩原はぎわら町一丁目

北は日置へき村、東は宮地みやじ村、南は萩原村に接する。貞和三年(一三四七)九月一二日の少弐頼尚預ケ状(相良家文書)に八代庄太田おおた郷内「福正原村田地伍町伍段余」とみえ、「萩原城料所」として相良定頼に預け置かれている。「八代日記」永禄元年(一五五八)七月四日条に「妙見ニ猿来テ、先ハ宮司之たふ木ニ居、夫より妙見ノ杉之木ニ居、同九日城ニ来、其後福しやう原ニテ打ころす」とある。元禄国絵図に「日置村之内福正原村」と記され、「国誌」は久保・蔵屋敷などの小村をあげる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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