福正寺村(読み)ふくしようじむら

日本歴史地名大系 「福正寺村」の解説

福正寺村
ふくしようじむら

[現在地名]松任市福正寺町

橋爪はしづめ村の南東に位置し、東は清金きよかね(現野々市町)ごう用水の分流横江よこえ川が集落を南北に貫流、同吉名よしな川が橋爪村との境を流れる。「石川訪古遊記」によれば福正寺跡があり、小字名として堂口などの地名が残るとされる。文明一〇年(一四七八)二月の知足院所領目録(両足院文書)に加賀国「末寺福聖寺并寺領田畠等」とみえ、「蔭涼軒日録」長享二年(一四八八)一二月一四日条に記載される福聖寺は同寺のことと思われる。正保郷帳では清金村と一括して高付され、高七六八石余、田方四九町一反余・畑方二町余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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