秋只石棺群(読み)あきただせきかんぐん

日本歴史地名大系 「秋只石棺群」の解説

秋只石棺群
あきただせきかんぐん

[現在地名]御船町豊秋

秋只山(六九メートル)の北東斜面、豊秋とよあき台地の中央部にある石棺群。数十基の石棺があることがすでに知られていたが、九州自動車道新設に伴う昭和四八年(一九七三)の発掘調査で九基の石棺を調査した。石棺は安山岩を使用した組合せ式の箱式石棺で、副葬品の種類などからみて一号墳が中心石棺とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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