秋津王子跡(読み)あきづおうじあと

日本歴史地名大系 「秋津王子跡」の解説

秋津王子跡
あきづおうじあと

[現在地名]田辺市秋津町

熊野九十九王子の一。明治元年(一八六八)王子宮と称し、同三年秋津神社と改称(「諸事付」田所文書)、同年三月当地の豊秋津とよあきづ神社に合祀された。創祀時期は不明だが、「後鳥羽院熊野御幸記」建仁元年(一二〇一)一〇月一三日条に、前夜田辺に宿泊、早朝出立してまず「参秋津王子」とある。「中右記」天仁二年(一一〇九)一〇月の熊野詣の記事にはみえないので、この間に祀られたものか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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