稲光久富(読み)いなみつひさとみ

日本歴史地名大系 「稲光久富」の解説

稲光久富
いなみつひさとみ

平安末から鎌倉時代にかけてみえる那賀郡内の国衙領所在は現在のところ不明。元暦元年(一一八四)一一月二五日の源範頼下文案(益田家文書)久富名とあり、治承寿永(一一七七―八四)の内乱期、当時山陽道で平家方と戦っていた源範頼によって石見国の在庁官人であった藤原(御神本)兼栄・兼高父子の所領とされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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