稲葉地城跡
いなばじじようあと
[現在地名]中村区稲葉地町
凌雲寺から庄内川堤沿いに北へいった神明社前に、「織田信長伯父津田豊後守居館稲葉地城趾」の石柱がある。「寛文覚書」「徇行記」ともにすでに百姓屋敷となったと記すが、「尾張志」に「界内は皆畠にてあたりよりは土地高く四面に
ありしさまことことく水田となりても其様猶残れり東西四十間南北五十間あり」といい、弘化四年(一八四七)の村絵図(徳川林政史蔵)には、城跡に本田畑が記され、城跡を囲んで亥新田蔵入となっている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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