穴門館跡
あなとかんあと
古代、山陽道最終の臨門駅に、外国人接待のため設けられた長門国の駅館。「日本書紀」欽明天皇二二年には
<資料は省略されています>
とみえる。「日本後紀」大同元年(八〇六)五月一四日には
<資料は省略されています>
とあって、「蕃客」に備えてその接待所として設けられ、海辺に臨んで建てられていたことがわかる。
穴門館は臨海館・長門館などとも称された。「本朝無題詩」には藤原通憲の「遊
長州臨海館
」と題する詩があり、また釈蓮禅は「於
長門壇
逗留、重賦
六韻
」と題して「落帆停
棹暫容与 臨海館長門館名也辺望眇焉」と詠んでいる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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