コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

窪田統泰 くぼた むねやす

3件 の用語解説(窪田統泰の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

窪田統泰 くぼた-むねやす

?-? 戦国時代の画家。
京都の大和絵系絵師。大永(たいえい)2年(1522)丹後桂林寺(京都府舞鶴市)の「涅槃(ねはん)図」を制作。天文(てんぶん)5年若狭(わかさ)長源寺(福井県小浜市)で「日蓮上人註画讃(にちれんしょうにんちゅうがさん)」(本圀(ほんこく)寺本)の絵をかいた。弘治(こうじ)2年(1556)に長源寺祖師堂の絵馬をかいたという記録がある。通称は藤右衛門尉

窪田統泰 くぼた-とうたい

くぼた-むねやす

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

窪田統泰

生年:生没年不詳
室町後期の絵師。室町期のやまと絵の一流派である窪田家の3代目で,藤兵衛,又次郎,日向守を称した。窪田家は3代続き,嘉吉1(1441)年から弘治2(1556)年までの記録がある。統泰は文献によれば1522年から56年までの生存が知られ,3代のなかでは最も活躍した。宮廷にはしばしば出入りし,三条西実隆はじめ公家衆とも密接であった。武家では細川家と,また若狭の守護武田家とは被官的関係を持ち,京都と若狭を往還して政情・文化のパイプ役を務めた。一方,窪田家は代々,当時京都に興隆した法華宗寺院の御用絵師的な役割も務め,統泰も京都本圀寺の「日蓮聖人註画賛」(1536,現存)を描いている。他に福井桂林寺の「涅槃図」(1522,現存)や,文献上では福井の法華宗長源寺の祖師堂の絵馬を描いたこと(1556)などが知られる。その卑俗的な画風には,現世を釈迦の浄土そのものとうたった法華宗の現世肯定的な活力があふれている。また統泰は応仁の乱後にはやった手猿楽(素人猿楽)の名手でもあり,美声で知られた。<参考文献>松岡心平「窪田統泰伝」(『国語と国文学』692号),同「窪田統泰と長源寺」(『長源寺史』),岩橋春樹「本圀寺本日蓮聖人註画賛」(『日蓮聖人註画賛』)

(相澤正彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

窪田統泰の関連キーワード正親町公叙対馬守言茂東海宗朝長富等逸楊門雲谿等室荒木流粟田口隆光土佐行広藤原行秀

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone