立誠学区(読み)りつせいがつく

日本歴史地名大系 「立誠学区」の解説

立誠学区
りつせいがつく

およそ北は三条さんじよう通、南は四条しじよう通、東はかも川、西は寺町てらまち通にわたる旧学区。江戸時代は上京の下中筋組の枝町(差配町)と、下京の南艮組の新シ町であった。名称は明治五年(一八七二)下京六区から下京六組(明治一二年)、下京第六学区(同二五年)を経て昭和四年(一九二九)四月立誠学区。同一七年に学区制は廃され、通学区の変更はあったが、現在も地域の単位としてまとまっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む