竜ヶ森城跡(読み)りゆうがもりじようあと

日本歴史地名大系 「竜ヶ森城跡」の解説

竜ヶ森城跡
りゆうがもりじようあと

[現在地名]城川町魚成

標高約四〇〇メートルの山城で、南山麓は現城川町魚成うおなし、北は現野村のむら前石さきいしにあたる。山頂東西に長く開け、三段に切り開かれている。

宇和旧記」によれば、城主の魚成殿は一五世紀の通親以来、親縄・通親・玄親・能親・親能と続き、周智すち郷のうち魚成五ヵ村と前石・釜川かまのかわ両村(現野村町)三六〇貫(石高制で一千石)を領する在地領主であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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