童子畑村(読み)わらずばたむら

日本歴史地名大系 「童子畑村」の解説

童子畑村
わらずばたむら

[現在地名]泉南市信達童子畑(しんだちわらずばた)

金熊寺(きんゆうじ)川の上流に位置する山間村。北は六尾(むつお)村。村の西部を根来(ねごろ)街道が通る。文亀元年(一五〇一)から永正元年(一五〇四)に日根(ひね)庄(現泉佐野市)の直務支配のために下向した九条政基の日記「政基公旅引付」の甲巻末に「和泉国中之所名之内」として「童部堂(わらうつはた)根来領シタチ内也」とみえるのは当地のことと思われる。慶長一〇年(一六〇五)の和泉国絵図では「しんたち内畑村」とみえ、高三一九石余。これは当村および楠畑(くすばた)・葛畑(つづらばた)の三村分にあたり、当時村切がなされていなかったと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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