竹下内閣(読み)たけしたないかく(その他表記)Takeshita Administration

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「竹下内閣」の意味・わかりやすい解説

竹下内閣
たけしたないかく
Takeshita Administration

中曽根総裁の後継者として,自民党では「ニューリーダー」世代である竹下登,安倍晋太郎,宮沢喜一の三つどもえの争いとなったが,結局中曽根裁断により竹下が総裁に指名された。こうして竹下内閣は 1987年 11月 16日に発足した。竹下内閣は深刻化しつつあった日米経済摩擦問題では,91年から 92年にかけて牛肉とオレンジの自由化を行なうことで 88年6月にアメリカと合意し,また,大平,中曽根内閣以来の懸案であった一般消費税を「消費税」という名前で 89年4月より導入することに成功した。しかし,前年の夏に発覚したリクルート事件が拡大する中で,竹下首相自身も他の自民党有力者と同様,リクルート社から株の譲渡や大量のパーティー券の購入を受けていたことが発覚し,その責任を取り 89年6月2日に退陣した。首相在職期間 575日で,竹下内閣が掲げた「ふるさと創生」プランも未完のままに終わった。またその在任期間中に昭和天皇が死去し,新天皇が即位すると同時に,政令により元号が「平成」に改められた。

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