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竹内貞基 たけのうち さだもと

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹内貞基 たけのうち-さだもと

1813-1863 江戸時代後期の航海技術者。
文化10年生まれ。山本晴海の弟。高島秋帆(しゅうはん)に砲術を,オランダ人に汽船操法,航海術などをまなぶ。安政4年観光丸を長崎から江戸へ回航させ,幕府軍艦教授所教授となった。文久3年5月28日死去。51歳。肥前長崎出身。通称は卯吉郎。号は清潭。著作に「航海図説」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

竹内貞基

没年:文久3.5.28(1863.7.13)
生年:文化10(1813)
幕末の航海技術者。通称は卯吉郎,清潭と号す。竹内良太夫の次男。初め山本氏を称し,のち竹内家を継ぐ。高島秋帆 に砲術,村井正澄に剣術,竹迫柔助に柔術を学び,すべて皆伝を得た。16歳のとき,船番役を命ぜられ長崎奉行所直属の役人になる。安政1(1854)年出島でオランダ人より蒸気船運用法,反射炉使用法を学ぶ。その後佐賀藩で航海術を教授し,鍋島直正の依頼で,わが国最初の木製機関雛形を造る。長崎伝習でも航海術を学ぶ。同4年観光丸で江戸へ行き海軍操練所教授となり,翌年同艦運用長に任ぜられた。日本人による蒸気船運用の始まりといわれる。前島密,佐野常民らは門下生。著書に『航海術』数十巻がある。<参考文献>長崎市役所編『幕府時代の長崎』

(武野要子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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