竹藤村(読み)たけふじむら

日本歴史地名大系 「竹藤村」の解説

竹藤村
たけふじむら

[現在地名]久美浜町字竹藤

女布によう村の南東山麓に南面して東西に長い集落をつくる。佐濃谷さのだに川の支流長野ながの川に沿って東は長野村・坂谷さかだに村に通じる。西は丸山まるやま村と向い合う。付近から弥生後期の土器が出土する。

丹後国田数帳に

<資料は省略されています>

と記され、為延ためのぶ保・吉岡よしおか保もこの谷に位置していたと考えられる。

慶長検地郷村帳に高一五四・七八石「竹藤村」とみえるが、延宝九年(一六八一)の延高で一六七石余となった(天和元年宮津領村高帳)

竹藤からごう村に通じる富貴ふき(吹峠)の右側に竹藤城跡がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む