竹迫町(読み)たかばまち

日本歴史地名大系 「竹迫町」の解説

竹迫町
たかばまち

[現在地名]合志町竹迫

合志台地のほぼ中央に位置する。熊本城下より北方約五里の交通の要所。黒髪(くろかみ)(現熊本市)から住吉(すみよし)(現泗水町)を経て隈府(わいふ)町(現菊池市)に至る南北の往還と、小合志(おごうし)(現西合志町)に至る東西の往還が当町で交わっている。中世、竹迫氏の本拠地で、その後合志氏が住吉より移住し、合志郡を支配するに至ったという。竹迫城の堀の内の一角にあたっていたと思われ、大門口(だいもんぐち)などの地名も残っている。

天正一五年(一五八七)一一月一五日、合志千代松丸は「竹迫下庄之内 畠地三段中屋敷之内」を合志信濃守に与えている(「合志千代松丸宛行状写」合志文書)。戦国末期の寺社方家中侍中名附写(厳照寺文書)に「田畑七拾町九反 内 田拾四町六反 畑五拾六町三反 此分ハ上ノ庄下之庄竹迫近憐(ママ)之能組中江、其外四月十一月両御神事てん共ニ」とみえ、合志氏の土地寄進を伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む