日本歴史地名大系 「笹ヶ崎村」の解説 笹ヶ崎村ささがさきむら 東京都:江戸川区笹ヶ崎村[現在地名]江戸川区北篠崎(きたしのざき)一―二丁目・東小岩(ひがしこいわ)一―二丁目・同四丁目・南小岩(みなみこいわ)二丁目江戸川右岸、下小岩(しもこいわ)村の南に位置し、西は鹿骨(ししぼね)村、南は下篠崎(しもしのざき)村、東は江戸川を隔て下総国葛飾郡市川村。田園簿に篠ヶ崎村とみえ、田一四八石余・畑七六石余、ほかに野銭永四五八文と舟役一艘分永一〇〇文を課せられている。元禄八年(一六九五)の検地では高一九二石余・反別三七町七反余(享保六年「東葛西笹ケ崎村鑑帳」須原家文書)。宝暦二年(一七五二)の家数四六・人数二三五、うち出家二(「家数人数書上帳」同文書)。文化六年(一八〇九)みだりに薪取を行うことを防ぐため、断りなく薪を採った者には過怠銭一貫五〇〇文を地主に支払うことを規定している(「規定一札」同文書)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by