日本歴史地名大系 「筆甫村」の解説 筆甫村ひつぽむら 宮城県:伊具郡丸森町筆甫村[現在地名]丸森町筆甫郡最南端にあり、集落は標高六七三・八メートルの窓(まど)ノ倉(くら)山を最高とする四〇〇―五〇〇メートル級の山々の間を流れる内(うち)川沿いに点在する。北東は枯木(かれき)峠を経て大内(おおうち)村に至り、南は当村小名の川平(かわだいら)を間に宇多(うだ)郡玉野(たまの)村(現福島県相馬市)、西は松坂(まつざか)峠を境に伊達(だて)郡白根(しらね)村(現同県伊達郡梁川町)と接する。中世末には伊達郡に属し、延元四年(一三三九)七月一八日の伊達為景相博状(結城大蔵文書)に金原(かなはら)保のうち「ひつほのむら」とあり、結城親朝の所領であったが、伊達行朝の一族為景は所領の高野(たかの)郡入野(いの)郷(現福島県東白川郡)のうち三ヵ所と当地を交換している。大永五年(一五二五)一一月一一日の伊達稙宗安堵状案(伊達家文書)によれば、下郡山方より購入した伊達郡「ひつほの郷内、との内在家一宇」および桜田源左衛門より購入した当郷内若狭房在家すべて(年貢二貫文)が田手石見太方に安堵されている。また天文七年(一五三八)の段銭古帳の「伊達ひかしね」のうちに「十貫五百文」とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by