篠平村(読み)ささだいらむら

日本歴史地名大系 「篠平村」の解説

篠平村
ささだいらむら

[現在地名]小原村北篠平(きたささだいら)

犬伏(いぬぶせ)川の上流にあり飯野(いいの)(現藤岡町)から仁木(にぎ)を通り明智(あけち)(現岐阜県)に抜ける中央(ちゆうおう)道と大草(おおくさ)―丹波(たんば)を通る飯田街道が通る。寛永郷帳では岡崎藩領、明治元年(一八六八)重原藩領である。慶安三年(一六五〇)の三州賀茂郡小原之内岡崎領篠平村田方検地帳(鈴木早苗氏蔵)には屋敷一二筆の面積と持主が書上げられている。享保一二年(一七二七)の小原之内御竿請名前帳(鈴木早苗氏蔵)によれば松木立一七四町余の御林山がある。


篠平村
ささだいらむら

[現在地名]豊田市坂上(さかうえ)町 南篠平(みなみささだいら)

巴(ともえ)川の支流仁王(におう)川の上流部に位置する。下河内(しもごうち)から東宮口(ひがしみやくち)を経て足助(あすけ)(現東加茂郡足助町)に至る外下山(としもやま)街道が通る。小字名に広垣内・須茂垣内など中世のカイト名が残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む