米ヶ崎村(読み)こめがさきむら

日本歴史地名大系 「米ヶ崎村」の解説

米ヶ崎村
こめがさきむら

[現在地名]船橋市米ヶ崎町

東夏見ひがしなつみ村の東に位置する。集落は細長く東西に延びた台地南下に展開している。平安末夏見御厨(船橋御厨とも)の一部になったと推定され、応長元年(一三一一)一二月二〇日の下総国船橋御厨六ヶ郷田数(船橋文書)に「米□崎」とあるものの、同文書は検討を要する。台地上に米ヶ崎城とよぶ城跡があったが消滅。寛文期(一六六一―七三)と推定される国絵図に村名がみえる。寛文元年佐倉藩領となるが、延宝六年(一六七八)松平乗久移封で同藩領から除かれたと推測される(船橋市史前篇)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む