日本大百科全書(ニッポニカ) 「米台相互防衛条約」の意味・わかりやすい解説
米台相互防衛条約
べいたいそうごぼうえいじょうやく
1954年12月2日、前年の朝鮮戦争の休戦協定成立(53年7月)後の事態に応じ、米韓相互防衛条約(53年10月)、東南アジア集団防衛条約(54年9月)に次いで、アメリカと中華民国政府(台北政権)との間で締結された軍事条約。米華相互防衛条約ともよばれる。
無期限で、1年の予告で廃棄しうるとされていたが、大統領ニクソン訪中後のアメリカの対中国政策の変更に伴い、1979年米台間の外交関係終結と同時にこの条約の廃棄がアメリカから台湾側に通告された。もっともアメリカ議会、とくに共和党指導者たちには、対中警戒感が強く、79年には台湾に対する防衛的な武器供給を定めた台湾関係法を制定して中国を牽制(けんせい)し、1995年6月に当時の台湾総統李登輝(りとうき/リートンホイ)が訪米したのに続き、98年には台湾参謀総長唐飛(とうひ/タンフェイ)(1932― )も訪米して関係を維持している。さらに、アメリカは台湾への戦域ミサイル(TMD)配備も検討を始め、台湾軍内にはすでにTMD参加検討委員会も設けられた。2000年2月には、アメリカ下院が、共和党親台湾派議員ヘルムズJesse Helms(1921―2008)の提案になる、TMD、早期警戒システム、潜水艦の輸出も可能とする「台湾安全保障強化法案」を可決した。
[宮崎繁樹]