米多庄(読み)めたのしよう

日本歴史地名大系 「米多庄」の解説

米多庄
めたのしよう

近世の米多村一帯に比定される八幡宇佐宮領と太宰府天満宮安楽寺領の荘園である。ともに米多庄と称された。

〔宇佐宮領〕

建久五―七年(一一九四―九六)頃の編纂と推定される「宇佐大鏡」に「本御庄十八箇所」中「米多庄四至田数三十四丁 用作三段」とあり、荘園の成立は嘉保二年(一〇九五)頃と推定されている。正応五年(一二九二)の「惣田数注文」(河上神社文書)に「米多庄三十四丁」とみえて、「宇佐大鏡」記載分と同じである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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