日本歴史地名大系 「米谷宿」の解説 米谷宿まいやしゆく 宮城県:登米郡東和町米谷村米谷宿[現在地名]東和町米谷米谷村の西部、北上川左岸にあり、本吉(もとよし)郡志津川(しづがわ)(現志津川町)への道と北上川沿いに本吉郡柳津(やないづ)(現津山町)に通じる街道との交点で、北上川を渡って佐沼(さぬま)宿(現迫町)、石森(いしのもり)宿(現中田町)方面との交通の要所でもある。北上川水運でも重要な地点であった。狼河原(おいのかわら)宿まで二里一八町、志津川宿まで四里一八町、柳津宿まで三里三四町、西郡(にしこおり)宿まで一里一町。安永三年(一七七四)の米谷町場家中屋敷調(米谷郷土史年表)によると、家中屋敷一一〇軒(うち侍屋敷七〇・足軽屋敷四〇)で、当時の町名は城内小路(じようないこうじ)・六軒(ろつけん)丁・円覚(えんかく)丁・舟戸(ふなと)小路・中間(ちゆうげん)小路・むじな小路・新小路(しんこうじ)・八軒(はつけん)丁・足軽(あしがる)町・鍛冶(かじ)町で、町場は上町(かんまち)・中町(なかまち)・下町(しもまち)となっていた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by