粟ノ巣古戦場跡(読み)あわのすこせんじようあと

日本歴史地名大系 「粟ノ巣古戦場跡」の解説

粟ノ巣古戦場跡
あわのすこせんじようあと

[現在地名]二本松市沖

天正一三年(一五八五)一〇月に畠山氏と伊達氏の戦いがあり、畠山義継と伊達輝宗がともに死亡した所。塩松(しおのまつ)を支配下に置いた伊達政宗と講和するため畠山義継は小浜上(おばまかみ)館(現岩代町)で輝宗に対面するが、流言にまどわされて輝宗を捕らえ二本松に帰る途上であった。粟ノ巣での戦いについて「伊達治家記録」には「奥州安達郡高田原ニ於テ不図卒セラル」と輝宗の死が記されるだけで、それ以上の記述はない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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